いいだです。
2014年2月にハプロ移植、3月には無事生着し、4月には一時外出もできるようになりました。
さて5月はどうだったでしょうか。
ハプロ移植後、初の外泊
4月の一時外出でも特に問題なかったため、5月のGWには試験外泊をさせてもらえました。
GWの期間全部ではないですが、5/5と5/6の一泊二日、久しぶりに自宅に返って寝ることができました。
外泊中は特にトラブルもなく、5/6の夕方に病院に戻りました。
2回目の外泊
かなり順調にことは進み、GWの次の週末にも試験外泊の許可が出ました。
5/10、5/11にも一泊二日で自宅で寝ることができました。
こちらの外泊も特に何事もなく、5/11の夕方に病院へ戻りました。
発熱、そして髄膜炎に
順調かのように見えましたが、2回目の試験外泊から戻った翌日の5/12に38度の熱を出してしまいました。

やばい。
もうすぐ退院できそうなのに、ここで熱を出したら退院が先になってしまう。
それはもちろん早く退院したいものですから、ここから数日間はおとなしくしていました。
あるとき気が付くと、ぼくの周りに嫁ちゃんと看護師さんがいました。
しかも4人部屋に入っていたはずなのですが、なぜか個室にいます。
まわりはなんかガヤガヤしています。
記憶をたどると、木曜日の夜のことまでは覚えているので、今日は金曜日のはずです。
ところが確認すると土曜日とのこと。
どうやら丸一日意識を失っていたようです。
なんと髄膜炎になってしまっていました。
髄膜炎とは
髄膜炎は、脳(脊髄)が菌やウィルスにやられてしまうとなる病気です。
調べたところ、代表的な症状は、頭痛、発熱、意識障害などのようです。
ぼくの場合も、髄膜炎になる前に発熱があったので、それが前兆だったのかもしれません。
夜中に病棟の廊下を徘徊していたらしく、看護師さんに捕まったそうです。
髄膜炎になってどんな感じだったのか
うっすら記憶にあることを書いていきます。
- 夜中に廊下で看護師さんに声をかけられた。
- そのあと看護師さんに連れられてナースセンターの椅子で休憩した。
- 休憩中、看護師さんとなんらかの会話をした。
- しばらく椅子で休憩したあと、もう大丈夫かと判断されたのか、部屋に戻った。
- 朝に簡易移動ベッドみたいなやつに乗せられて検査室に向かう途中だった。看護師さんと何か会話をした。
あとは丸一日覚えがなく、気付いたら先ほどの通り、周りに嫁ちゃんと看護師さんがいました。
あと、おしっこの管(尿道カテーテル)を入れられていました。
これって入れるときにすごい痛いって聞きますけど、意識なかったんでその点はよかったです。
髄膜炎になったいいだの症状
自分では意識を失っていたのでその間に何があったのかはわからず、嫁ちゃんからの証言を書いておきます。
- いいだはいつも夜寝る前と朝起きる時間にLINEで連絡をくれるのに、このときは夜も朝もLINEがなかったのでおかしいと思って病院に電話した。
- そしたら、主治医の先生さんから「ちょうど連絡しようと思ってた」と言われたと。(嫁ちゃんは嘘くさいなと思ったそうです。)
- 看護師さんによると、いいだが前日の夜中に鼻にティッシュをつめた状態で廊下を歩いていたのでおかしいと思ったとのこと。(いいだはベッドでは鼻水を抑えるために鼻にティッシュを詰めたりはするが、人前では外すような人だったとのこと。)
- 嫁ちゃんは会社を休んで付き添ってくれた。本当はNGなんだけど、看護師さんに許可を取って病院に泊まった。それでも病室にずっといるわけにはいかないので、休憩室で休みつつ2時間おきに様子を見に来てくれた。
- 夜中にいいだが痙攣をおこした。このときに嫁ちゃんは腹をくくったらしい。
- 「痛い!痛い!」と何度も叫んでた。他の病室にまで聞こえるほどの声だった。
- 嫁ちゃんが「どこが痛いの?」と聞いたら、ぼくは「口癖」と答えた。
- 嫁ちゃんが「痛くないよ」と言ったら、今度は「痛くない!痛くない!」と叫んだ。
- 看護師さんに「右手を挙げてください」と言われて左手を挙げた。「これはやばい」と周りのみんなが思った。
- いいだがまた徘徊してしまったらわかるように、ベッドの下にマット型のセンサーを付けられていた。
これらの証言を聞くとかなりやばかったみたいですね。
ぼくとしては丸一日意識を失っていたと認識していましたが、実際には叫んだり動いたりしているので、意識を失っていたのではなく記憶障害のようでした。(同じ?)
なによりも無事だったので本当に良かったです。
ちなみに意識を失っている間に、会社の同期からメールで仕事に関係する某製品の質問が来ていたのですが、意識が回復した日の夕方には何事もなかったかのように回答の返信をしていました。
意識が戻ったら、そのあとは頭自体は普通に使えていたようです。
その後しばらくはベッドの上で生活しなければならない(歩いてはいけない)など制約がありましたが、順調に回復することができました。
本当によかった。
そんな髄膜炎になってしまった、2014年5月の定期便です。
ここまでの内容とかなりかぶってますので、軽く読み飛ばしてください。
いいだ定期便(2014年5月号):2014/5/21
みなさま
いいだです。お疲れさまです。
定期便2014年5月号です。
前回の定期便で退院条件としていた2つについては以下の状況です。
- 血小板:依然すくないですが週1回程度の輸血でいけそう
- 膀胱炎:治りました
あとは試験外泊を経て、問題なければ退院という状況になりました。
5/5、6のGWの最後の2日にさっそく試験外泊で自宅へ帰り一泊しました。
何事もなく終了。
そしてさらに5/10、11の週末には2回目の試験外泊でまた自宅へ帰り一泊しました。
こちらも何事もなく11日の夜に病院に戻りました。
ところがなんと、翌朝に38度超えの発熱。

いや、まだ慌てるのは早い。
次の採血までに回復すれば週末で退院できるはず。
と思い、数日間、なるべくおとなしく安静に過ごしていました。
気が付くとまわりには看護師さんと嫁ちゃんが。
4人部屋に入っていたはずが、なぜか個室に。
木曜の夜までは覚えてるから、今日は金曜のはずだけど、なぜか土曜日。
話を聞くと髄膜炎というものになってしまったようです。
脳(脊髄)が菌にやられてしまう病気で、症状は記憶障害、ろれつが回らない、徘徊するなどがあります。
ぼくも木曜の夜中に廊下を徘徊してしまっており、2回目の御用で個室に連れて行かれたようです。
しかも名前を聞かれても答えられなかったとか。
今はすっかり回復していますが、退院まではいましばらくかかりそうです。
来月こそは退院の報告をしたいと思います。
以上、2014年5月の定期便でした。
もうすぐ退院のはずだったのに、まさか髄膜炎になって意識を失うとは。
なにはともあれ、無事でよかったです。
6月は何事もなく退院できるでしょうか。
それでは。
白血病闘病記の続きを読む
2014年6月の闘病記はこちらからどうぞ。

白血病闘病記の前の記事に戻る
闘病記の前の記事はこちらです。まだの方はどうぞ。

白血病闘病記の記事一覧
白血病闘病記の記事一覧はこちらです。
